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転身 2
新宿にワンルームマンションを借りてから、私の生活は大きく変わった。
目黒の部屋に帰ることがことが少なくなり、可能な限りの時間を、新宿の部屋や街で、女の姿で過ごすようになった。
そして、週末はもちろん、平日の夜も、客を取ることは、当り前になってしまった。
当然、週に3日の大学講師の仕事はおろそかになる。
男とラブホテルに泊り、朝方、男がホテルを出る前にもう一度、朝立ちの肉棒をアナルに突っ込まれ、精液を身体に入れたまま目黒の部屋に戻り、男物のスーツに着替え、ネクタイをして大学に行くこともしばしばだった。
講義を終えると、すぐに目黒の部屋に行き、シャワーを浴びて、化粧をし、女姿になって新宿の部屋に行く。
そして、より露出的な服に着替え、娼婦の仕事に必要な物が入ったバッグを持って、夜の街を流すという感じだった。
男姿と言っても、髪は毛先が肩に届くほどになり、男物のスーツを着ても胸の膨らみやヒップの肥大など身体の女性化はもう隠せなくなっていた。
私の変貌は、学内で、いろいろ噂になっていたらしい。
すでに、大学講師の薄給とは比べ物にならないくらいのものを、娼婦としての収入で稼げるようになっていた。
周囲の状況からも、自分の気持ちからも、大学講師の仕事を続けるのは、難しくなっていることは自覚していた。
実際、翌年の春(1998年3月)で、私は10年間務めた大学を去ることになる。
形の上では退職だったが、実際には雇い止めだった。
目黒の部屋に帰ることがことが少なくなり、可能な限りの時間を、新宿の部屋や街で、女の姿で過ごすようになった。
そして、週末はもちろん、平日の夜も、客を取ることは、当り前になってしまった。
当然、週に3日の大学講師の仕事はおろそかになる。
男とラブホテルに泊り、朝方、男がホテルを出る前にもう一度、朝立ちの肉棒をアナルに突っ込まれ、精液を身体に入れたまま目黒の部屋に戻り、男物のスーツに着替え、ネクタイをして大学に行くこともしばしばだった。
講義を終えると、すぐに目黒の部屋に行き、シャワーを浴びて、化粧をし、女姿になって新宿の部屋に行く。
そして、より露出的な服に着替え、娼婦の仕事に必要な物が入ったバッグを持って、夜の街を流すという感じだった。
男姿と言っても、髪は毛先が肩に届くほどになり、男物のスーツを着ても胸の膨らみやヒップの肥大など身体の女性化はもう隠せなくなっていた。
私の変貌は、学内で、いろいろ噂になっていたらしい。
すでに、大学講師の薄給とは比べ物にならないくらいのものを、娼婦としての収入で稼げるようになっていた。
周囲の状況からも、自分の気持ちからも、大学講師の仕事を続けるのは、難しくなっていることは自覚していた。
実際、翌年の春(1998年3月)で、私は10年間務めた大学を去ることになる。
形の上では退職だったが、実際には雇い止めだった。
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晴れて専業娼婦に転身
これからもご活躍の様子をお聞かせくださいね。
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